大きく息を吸い

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「だろうと思ってた。剣とおなじ鞘の中でものを考えてるかぎり、きみはこれからもそういう間違いを犯しつづけると思うよ」
 レルドリンはこの指摘に顔を赤らめたが、次の瞬間悲しそうに微笑んだ。「ずいぶん手消化系統厳しいね、ガリオン」かれはとがめるように言った。
「ごめんよ」ガリオンはすぐに謝まった。「もっと別の言い方をするべきだったね」
「いや、いいんだ。ぼくはアレンド人だからね。はっきり言ってもらわないと、間違って解釈するおそれがあるんだ」
「だからって、きみの頭が悪いってことにはならないよ、レルドリン。誰だってそのぐらいの間違いはするんだから。アレンド人は馬鹿じゃない――ただ衝動的なだけなんだよ」
「これ全部を衝動的という言葉で片づけるわけにはいかないだろうな」レルドリンは木立の下に生えている湿っぽい苔を指しながら、悲しそうに言った。
「これって?」ガリオンはきょろきょろしながら聞き乳鐵蛋白かえした。
「ここは中部アレンディアの平野に出る前に通る、最後の森林地帯なんだ。ミンブルとアストゥリア間の自然の境界ってわけさ」
「他の森と変わらないように見えるけど」ガリオンはあたりを見回しながら言った。
「それが違うんだな」レルドリンは陰気な声で答えた。「ここは待ち伏せをするにはちょうどいい場所なんだ。森の床は古い骨におおわれている。そこを見てみなよ」かれは指さした。
 はじめ、レルドリンの指したものは、苔の中から二本のねじれた棒きれが突き出していて、その先端の細枝がうっそうと茂る藪にからんでるとしか思えなかった。だが次の瞬間、ガリオンは激しい不快感とともに、それが緑色がかった人間の腕の骨で、断末魔の苦しみのうちに指がや拔罐ぶをつかんだのだと悟った。かれは憤りを感じながら、「かれらはどうしてこれを埋めなかったの?」
「ここにある骨を千人の人間が全部集めて土に埋めたとしても千年はかかるな」レルドリンは気味が悪くなるほど抑揚をつけて言った。「アレンディアの全世代にわたる人間がここに眠っているんだ――ミンブレイト人も、ワサイト人も、アストゥリア人も。みんな倒れた場所に横たわって、苔の毛布におおわれながら永遠にまどろみ続けるのさ」
 ガリオンはぶるっと身震いして、森の床に波打つ苔の海からぬっと出ている孤独な腕の無言の訴えから目をそむけた。奇妙な苔のこぶと小山は、その下で何か不気味な物が朽ち果てていることを物語っていた。視線をもどすと、でこぼこの地面が見渡すかぎりつづいていることがわかった。「平野に着くまで、あとどのくらいかかるの?」かれは物静かな声で聞いた。
「二日だろうな、たぶん」
「二日も? ずっとこんな感じで?」
 レルドリンはうなずいた。
「どうしてそんなことが?」ガリオンの口調は思ったよりも、ずっと険しく、非難めいていた。
「最初はプライドのためだった――それと名誉だ。その後は悲しみと復讐のため。そして最後には、ただ単に、どうやって止めたらいいのかわからなくなってしまったという理由で。前にきみが言ったように、ぼくらアレンド人っていうのはよく頭が働かないときがあるみたいだな」
「でもいつだって勇敢じゃないか」ガリオンはすかさず言った。
「ああ、そうさ、いつだって勇敢だよ。それがこの国の呪いでもあるんだ」
「ベルガラス」うしろからヘターの物静かな声がした。「馬が何かかぎつけたようです」
 ミスター?ウルフは馬の上でよくやる例の居眠りからハッと目をさました。「なんだ?」
「馬ですよ」ヘターは繰り返した。「このむこうにいる何かが馬を怯えさせているんです」
 ウルフの目は一瞬細くなったかと思うと、奇妙なことに、見るみるうちに虚ろになってきた。
 しばらくするとかれはブツブツと呪いの言葉を口にしながら、大きく息を吸い込んだ。「アルグロスだ」かれは言った。
「アルグロスって?」ダーニクが聞いた。
「化け物だ――トロールの遠い親戚のようなものだな」
「トロールなら前に一度見たことがある」バラクが言った。「かぎ爪と牙をもった、大きくて醜いやつだ」
「襲ってくるでしょうか?」ダーニクが聞いた。
「ほぼ間違いない」ウルフの声は緊張に震えている。「ヘター、きみは馬をどうにかして落ち着かせるようにしてくれ。わざわざみんなが離ればなれになる必要もないからな」
「あいつらはどこから来たんですか?」今度はレルドリンが質問した。「この森には化け物なんていないはずなのに」
「あいつらは腹を空かすと、ときどきこうやってウルゴの山脈から下りてくるのだ。ひとり残らず食われてしまうから、あいつらのことを報告した者はいないがな」
「何か手を打ったほうがいいんじゃない、おとうさん」ポルおばさんが言った。「すっかり包囲されてるわよ」
 レルドリンは自分の立場を確認するように、キョロキョロとあたりを見回した。「エルゴンの岩山までそう遠くはない。あそこにたどりつければ、アルグロスを近寄らせずにすみますよ」



バラクは野太い声で言った

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「当然だな」ウルフは近くの腰かけに坐りこんだ。「ゆったりかまえていたほうがいいぞ。ポルの身じたくはたいがいえらく時間がかかるのだ」
 というわけでかれらは待った。ブーツと上着を着がえたブレンディグ連隊長は数分がすぎていくあいだ廊下を行きつ戻りつした。ガリオンはこの待遇にすっかり当惑していた。逮捕はさ嬰兒濕疹れそうになかったが、牢屋の悪夢はいまだに消えず、かれはびくびくしていた。
 やがてポルおばさんがあらわれた。カマールで仕立てさせた青いビロードのドレスをきて、頭に銀の飾り輪をはめており、そのせいで生えぎわの一房の白髪がひときわ目立った。物腰は堂々として、顔はいかめしかった。
 ウルフがそっけなく言った。「ずいぶん早かったな、マダム?ポル。せかされたんじゃあるまいね」
 彼女はそれを無視して、ひとりひとりをかわるがわる検分し、「まあまあというところね」とようやく感想を述べ、ガリオンの上着の衿をうわの空で直した。「腕をかしてちょうだい、老いぼれ狼。センダリア国民の王がわたしたちになんの用かつきとめるとしましょう」
 ミスター?ウルフは腰かけから立ちあがって腕をさしだし、二人は廊下を歩きだした。ブレンディグ連隊長があわてて兵隊を呼び集め、あたふたとあとを追った。か嬰兒濕疹れはポルおばさんに呼びかけた。「あの、ちょっと、わたしがご案内します」
「道はわかっていますわ、ブレンディグ卿」ポルおばさんはろくすっぽふり向きもしないで答えた。
 執事頭のニルデン伯爵が制服をきた兵士の固める巨大な二つのドアの前で一行を待っていた。伯爵はポルおばさんに軽く会釈してぱちんと指をならした。兵士が重いドアを押しあけた。
 センダリア国王のフルラクはずんぐりした感じの、短い褐色のひげをたくわえた人物だった。ニルデン伯爵が一行を通した大広間の向こうはじに壇があり、その上の背もたれの高い玉座に王はいささか居心地悪そうに坐っていた。謁見の間は広大だった。丸天井は高く、四方の壁は何エーカーもありそうな重たげな赤いビロードの掛け布でおおわれていた。いたるところにろうそくがともり、上等の服をきた大勢の人々が王の存在をまるで無視してぺちゃくちゃしゃべりながらぶらぶら歩いていた。
「王に知らせますか?」ニルデン伯爵がミスター?ウルフ中醫骨傷科にたずねた。
「フルラクはわしがだれか知っとる」ウルフは短く答えると、ポルおばさんと腕を組んだまま、長い真紅の絨緞を玉座に向かってどんどん歩きだした。ガリオンたちはきゅうに静まりかえった廷臣と淑女の群れの中をついていき、ブレンディグと兵隊がぴたりとそのあとにつづいた。
 玉座の足もとでかれらは全員立ちどまり、ウルフがややそっけなく一礼した。ポルおばさんは冷たいまなざしで膝を曲げてお辞儀し、バラクとシルクは丁重に頭をさげた。ガリオンとダーニクは優雅とはいいがたいが、みんなにならってお辞儀した。
 ブレンディグの声がうしろから聞こえた。「陛下、陛下がお捜しだった者たちでございます」
「おまえが信用できるのはわかっていたぞ、ブレンディグ卿」王はごく平凡な声で答えた。
「評判どおりだ。感謝する」
 次に王はミスター?ウルフとその一行に目を転じた。なにを考えているのかその表情からは読みとれなかった。
 ガリオンはふるえだした。
「いやこれはなつかしいな」王はミスター?ウルフに言った。「最後に会ってからもうずいぶんになる」
「どういうつもりなのだ、フルラク?」ミスター?ウルフは王にしか聞こえない小さな声でぴしゃりと言った。「よりによってこの大事なときに、なぜわしの邪魔をする? それにどういう料簡だ、こんなばかげた恰好をさせるとは?」かれは不愉快そうに白いローブの胸をぐいとつかんだ。「ここからアレンディアの岬までマーゴというマーゴにわしの存在を知らせようというのか?」


 王は弱りはてた顔になった。「そう言われるのではないかと恐れていたんだ」ミスター?ウルフよりもっと小さな声だった。「もっと内密に話せるときに説明する」少しでも威厳を失うまいとでもいうかのように、王は急いでポルおばさんのほうを向いた。「じつに久しぶりではないか。ライラと子供たちが淋しがっていた。あんたがいなくて心細かったよ」
「それはどうも、陛下」ポルおばさんの口ぶりもウルフに劣らずそっけなかった。
 王はたじろぎ、弁解口調で言った。「そうせっかちにきめつけないでくれないか。緊急の理由があったのだ。ブレンディグ卿の召喚がひどい迷惑でなかったのならよいが」
「ブレンディグ卿は礼儀のかがみのような人でしたわ」ポルおばさんの口調はあいかわらずだった。彼女はブレンディグを一度ちらりと見たが、かれは傍目にもわかるほど青ざめていた。
「これはバラク卿」王は急いで先をつづけた。まずい状況をできるだけうまく収拾しようというようすだった。「きみのいとこ、わたしの親愛なる兄のチェレクのアンヘグ王はお元気か?」
「最後に会ったときは元気でした、陛下」バラクはかしこまって答えた。「ちょっと酔っぱらってましたが、アンヘグにはよくあることです」
 王は少し神経質に笑ったあと、すぐにシルクのほうを向いた。「ドラスニア王室のケルダー王子、われわれはこのように高貴な訪問者がわが王国においでと知って、びっくりしているのだ。そしてわれわれに歓迎のチャンスも与えず、そしらぬふりで通過しようとしたことにはそれ以上にいささか傷ついている。センダー人の王は短い訪問にも値しない小物なのかね?」
「ご無礼をするつもりはなかったんですよ、陛下」シルクは一礼して答えた。「しかしわれわれの用事は一刻を争うもので、通常の礼儀にかかずらっている暇がなかったんです」
 王はそれを聞くと警告するような視線を送り、意外にも、ほとんど気づかぬようなしぐさでドラスニアの謎言葉を指で作った。〝ここではいかん。まわりに人間が多すぎる?そのあと王は物問いたげに、ダーニクとガリオンを見た。
 ポルおばさんが進みでた。「これはエラト地方の善人ダーニクです、陛下。勇敢な正直者ですわ」
「よくきたな、善人ダーニク」王は言った。「いつかわたしも勇敢な正直者と臣民に呼ばれたいものだ」
 ダーニクは当惑しきった顔でぎごちなくお辞儀した。「わたしはただの鍛冶屋です、陛下」ダーニクは言った。「ですが、陛下のもっとも忠実にして献身的臣民であることはすべての人人に知ってもらいたいと思います」
「よくぞ言った、善人ダーニク」王は微笑をうかべてそう言うと、ガリオンに目を向けた。
 ポルおばさんは王の視線を追って、どうでもいいような口ぶりで言った。「その子はガリオンといいます、陛下。数年前からわたしが面倒を見ているのです。わたしたちに同行しているのは、他にどうすればよいかわからなかったからですわ」
 ガリオンはみぞおちに冷たい衝撃をうけた。おばさんのなにげない言葉は隠しようのない真実なのだという確信がのしかかってきた。おばさんはショックをやわらげようという努力すらしていなかった。かれの人生をうちくだいたその無関心さのほうが、うちくだかれたこと自体よりよほどガリオンにはこたえた。
「よくきたな、ガリオン」王は言った。「その若さでおまえは高貴な一行と旅をしているのだぞ」
「ぼくはこの人たちがだれなのか知らなかったんです、陛下」ガリオンはみじめな気分で言った。「だれもなにも教えてくれないんです」
 王は鷹揚におもしろそうに笑った。「もう少し大きくなれば、そういう無知こそ生きていくうえでもっとも快適な状態なのだとわかるだろう。わたしなど近頃は、知らぬほうがよかったことを聞かされて困っておる」
「そろそろ内密の話にかからないか、フルラク?」ミスター?ウルフが依然としていらだたしげに言った。
「そのうちにな、友よ」王は答えた。「あんたに敬意を表して、宴会の用意を申しつけてある。みんなで食事をしよう。ライラと子供たちが待っているんだ。話しあう時間はあとでもあるさ」そう言うと王は立ちあがって壇をおりた。
 ガリオンは個人的な悲しみにうちひしがれたまま、シルクの横へ行った。「ケルダー王子ってどういうこと?」たった今、自分を押しつぶしたショッキングな現実を死に物狂いで心から払いのけようと、ガリオンはたずねた。
「偶然そう生まれついたのさ、ガリオン」シルクは肩をすくめた。「どうしようもなかったんだ。さいわい、わたしはドラスニアの王の甥にすぎないし、王位継承者の末席にいる。王座にのぼる危険はさしあたってない」
「じゃ、バラクは――?」
「チェレクのアンヘグ王のいとこだ」シルクはふり向いてたずねた。「バラク、おまえの正確な位はなんだ?」
「トレルハイム伯爵だ。なぜそんなことを訊く?」。
「この若者が興味を持ったんでね」
「いずれにせよ、くだらんものさ」バラクは言った。「だが、アンヘグが王になったときは、だれかが〈族長〉にならなけりゃならなかったんだ。チェレクじゃ、ひとりでふたつというわけにいかないんでな。おれが族長になったのは不運なことと考えられている――特に他の氏族の長たちにはな」
「かれらがそう考える理由がわかるね」シルクは笑った。
「どっちにしても、一族の長《おさ》なんて無意味な肩書きさ。チェレクじゃ、もう三千年以上、長の争奪戦争は起きていない。おれは末っ子の弟におれの代行をさせている。単純なやつで、おもしろがっているよ。おまけに、それが女房をいらだたせている」
「結婚してるの、バラク?」ガリオンはびっくりした。
「そう呼びたけりゃな」バラクはむっつり言った。
 シルクがガリオンを小突き、これが微妙な問題であることをほのめかした。
「どうしてぼくたちに教えてくれなかったのさ?」ガリオンはとがめるように言った。「称号のことだけど」
「教えたらどうかなったのか?」シルクが訊いた。