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ラビリンス

2015年08月30日

ペンチでそっ

やっと逢坂山を下りきり、滋賀県へ入りました。相変わらずのトロトロ運転でしたが、少しずつ渋滞は解消し、家に着いたのが朝の4時。
もうヘトヘトですよ。
息子の膀胱は破裂寸前でした。

備えあれば憂いなし、と、ちゃーんとスタッド救世軍卜維廉中學レス履いてても、迷惑な奴らのためにヒドイ目に合い、「ノーマルで乗り捨てた奴らに天罰を!」と元旦から怒りまくりの年明けとなったのでした…。

朝晩がめっきり寒くなりました。
9月から続いていた私のカボチャ熱は、世の中がハロウィンでヒートアップする前に
すっかり冷めてしまい、冷凍室のカボチャペーストは冷凍焼けしてカピカピに
なりつつあります。

代わりに11月は銀杏拾いに明け暮れ、あちこち拾いに行ってバケツに漬け込んで
外皮をふやかしてゴム手袋で剥いて乾能量水かして、という鼻が曲がりそうなクッサーい
作業を週末の休みの度に行っておりました。
ガレージで水を流しながらやってたもんで、道ゆく人は「何この匂い!」と
必ず顔をしかめて通り、住宅密集地では近所迷惑甚だしい。
しかもゴム手袋を外しても手がまだクサイ。お風呂入っても爪の先がまだまだクサイ。
恐るべし銀杏臭!!

で、ようやく乾いた11月の月末に、と皮を割り、実を古封筒に入れ、
塩もひとつまみ入れ、レンジで1分。ポンポンと跳能量水ねる音がすれば出来上がり。
翡翠色の熱々の銀杏はチョーうまい!!




こんなことに明け暮れてたもんで、11月のエッセイは すっ飛ばしてしまいました、
ゴメンナサイ(言い訳)。

さて話は変わりますが、先日 聴覚障がい者のかたとお話しする機会がありました。
そのかたは補聴器をつけておられるので少しは聞こえ、手話と口話(唇の動きを読み取る)
で話をされるかたなのですが、私に「はっきりと口をあけてゆっくり話をしてほしい」
と言われました。  

Posted by ラビリンス at 16:04Comments(0)

2015年08月24日

リアルでも顔を知ってい

???

???そういう、どうでもいいことをごたごた、ごにょご如新nuskin香港にょ書き続けると、
多くの人は、去っていくのだろう???。
新生スロー。

自分は新しくなったつもりで、前によく見に行っていたブログをちょろちょろ訪れて見る。
みなさんは、変わっておられない。
あたりまえ。

でも、なかには、「ブログやめちゃおうかな~」、なん如新香港て弱音?を吐くブロガーさんがいて、
「こらこら。やめちゃいけませんよ」、と、母親になった気持ちで、こころのなかで叱咤激励する。
手ごたえがないと思っておられることだろうが、そうでもない。
多くのふわふわした不特定多数の不確かなものより、少数でもいいから、確かなもののほうが良い場合もある。
試行錯誤して、自分の気に入るようにしてくださいな。

自分のことが忙しくて、ブログを書く暇もないのに、人のブロnuskin如新グを訪れる余裕は、とんとない。
が、まあ、どうしているかな?と、気にはなる。

???

蝶ブログは、テーマがほぼ限定されている。
ある一定の枠内でおさまっている。
リアルを基にした等身大の自分の思いだ。

この蝶ブログ以外に書いている、別テーマの日記もある。
これは、リアル生活とはまた別次元の趣味の集まり。
めったには、書かないのだが、話題によっては、けっこう、みなさんの興味を引く。
つまり、手ごたえがあるというわけだ。
しかし、小まめにコメントを返すのが、楽しいような忙しないような、
時間が取れなくて出来ないときは、気になり、焦るような。
なので、蝶ブログは、わたしの言いたい放題、言いっぱなしの一方通行が、とても気持ちいい。
自己チューは、ある意味、快感である。

コメントをいろいろ頂戴するその日記は、る人が、うようよいるので、
あまり、浅はかなことは書けない。
そして、反応が、速くて敏感すぎて、遊びのないハンドルのようで、
いつもいつも気にしなけばならないのが、ちょっとマイナス点。
反応が少ないと、それはそれでまた気落ちするし???。
なので、どっちも、どっちということだ。

???

わたしは、自分の思いを書くのが大好き。
ストレス解消になる。
ぺちゃくちゃおしゃべりが大好きなのと同じだ。  

Posted by ラビリンス at 15:28Comments(0)

2015年08月21日

従うだけだったが

自分でデザインしたい。

さて、ここにきて。
幽体離脱の魂が、ちょっと模様替えされ、リフレッシDR Max好唔好ュされ、リフォーム、リノベされ、グランドオープン。
元の操り人形の体に収まることになりそうだ。

操り人形を操っている操縦士も、別人にチェンジ、入れ替わった。
自分で操ることになった。(誰の許DR Max好唔好可も取っていないが)
監督、主演、脚本も、ひとりでどれもこれも、みたいなかんじか。
プロデュ-サーも兼任、さらに、映画会社の社長と、スポンサーも兼任。
つまり、ぜんぶだ。

とうてい、一人ではできるわけもなく、そのうちのひDR Max好唔好とつの役割さえも、ろくすっぽできないと思う。
まあ、気分的なものである。
気持ちが、受動態から能動態に変わった。
考えが、主客、入れ替わった。
あくまでも、精神的なものであるが。
自分ができない部分は、外注ブレーンを確保して、お願いすることにした。


やっていることは、以前とそう変わらないのであるが。
命令され、発注され、受注するのが、今までなら、はいはいと、
今は、自分で、立案、発注、受注を一人でやっている。
報酬額も自分で決めている。
とまあ、これは、あくまでもイメージ図であるが。

今までは、流れの一端にいたが、全体の流れが見えてきた。
どの部分に自分がいるか、というのもわかった。
あとは、自分はどうしたいか、と、的を絞って、動くだけである。
ぴたっと動かなくなることも考えられる。
まあ、それは、そのとき輪證

同じ風景、光景でも、内側から見るのと、外側から見るのとでは、
そして、全体から見るのと、部分だけ見るのとでは、見え方は違う。

じつに、おもしろいものである。



  

Posted by ラビリンス at 10:19Comments(0)

2015年08月17日

んわり優しそう

製本にあたり、データ化調整に取り組んでいる。
(自分のためだけに、1部だけ製本)
公開されたブログ記事に並び、「ボツ」というタイトルをつけられた非公開の記事もある。

公開された記事と、途中までは同じ。
途中から、自主規制で、毒吐き内容を削除してアップしていた。
削除された内容が、後半に消されずにくっついているのが、「ボツ」のほう。

その毒吐きの部分を読んで、自分の毒にやられた。
解毒剤は、なさそう。
非常に内臓が七転八倒して苦しんでいる。

唯一の救いは、その記事をアップしていないこと。
さすがに自分でも気が引けたのだろう、

5年前の自分の悩みは、よく覚えているが、それをどうにか通過して今日がある。
自分なりの対決、決闘が行われた。
ちょっと懐かしいような気さえする、自分の毒である。
が、その毒は強烈で、まだまだ強く、けっこうあとをひく。
わたしって、一見、ふだけど、内面は、えげつない人物なんだ~と自分で再認識した。
自分の毒に自分がやられるぐらいだから、相当だ。

容赦なく自他ともに、切り落す。一刀両断。
非情とも思えるクールさで、斬って捨てる。

優柔不断だと自覚していたが、一旦、覚悟を決めると、あとは流れが速いように思う。

熱い血も流れているのだが、ラテン系の陽気なノリノリではなく、
斬ってみたら、熱い血が、どくっどくっと流れていた、みたいなかんじ。  

Posted by ラビリンス at 11:18Comments(0)

2015年08月11日

んとうにそうな

先日、テレビドラマで木村佳乃が演じていた役柄。
面白かった。

小さい頃は、学校でいじめられていたが、成長に伴って、
さえなかったダサい自分が、おシャレをすると、ステキに旅遊團購美人に変身し、まわりもチヤホヤ、人気者になっていく。
そういう自分をクールに発見する。
それまでの自分とは打って変わったように、前向き、アクテ肌齡逆轉ィヴで能動的な人生を送る。
仕事にもやる気、実力を発揮し、のし上がっていく。

この人、事件の犯人なのだが、わざとらしいオーバーな演技(わざとやっていると思える)が、興味深くて笑えた。

自分の眠っていた、隠れていた長所や美点を、偶然、あるいは、苦労の末、発見、発掘してしまうこと。
これ、自分の美点を自覚すると、良さ、味わい、特徴糖尿が微妙に変化する。
鼻持ちならなくなる。
では、無自覚が良いのか。
宝の持ち腐れ。
いったん気付いてしまった場合、わざと無自覚を装うと、隠れ嫌味人間になるかも?
前述のドラマのように、
いっそ、開き直って、思いっきり自覚して、それを武器にさらにステップアップするというのも、豪快かも知れない。


まわりから、あれこれ同じ内容で褒められると、本人もその気になるのが普通だ。
それにも負けず、「いえ、自分はそんなことはありません」、と否定に近い謙遜をし、鍛錬を重ねる。
謙虚、一徹。ますます磨かれる。
頭が下がる。
が、そんな人は、稀。

わたしは、最近、「鼻持ちならぬ病」に冒されかけている。
それは、ホメ言葉を真に受けるのだ。
こちらから投げかけたお世辞に対する、先方からのお返しのお世辞である場合が多いにもかかわらず。

わたしが最も喜ぶ、同じ表現をされることが多いので、
自分は、ひょっとして、ほのか?と、勘違い一歩手前である。
自分という人物。
他から見た評価。見え方。
自覚したくないのだが、自覚しそうになっている。
せっかくの美点が???(自分で言うか)???青い鳥が、黒くなりそうで、恐れている。
  

Posted by ラビリンス at 10:57Comments(0)

2015年08月06日

やめてしまうこ

使える金額に制限があるとすると、使う金額を、制限枠に合わせる。
自分で、日頃はしないけれど、ちょっ小一奧數練習題目と贅沢かな、と思うようなことを、やってみる。
こころが、贅沢気分になる、擬似贅沢もありかと。

自分が作った、世界にひとつだけのオリジナル茶碗で、食事をするとか、
自分で糸を紡いで織り上げたものや、手作りで染めた生地で、手作りの洋服を楽しむとか、
手作り酵母パンだの、手作りの肥料で育てた有機野菜だの、
手作り旅行だの、手作りパソコンだ蔡加讚の、手作り自動車だの手作り飛行機だの(このあたりは、規制があって無理)
なんでもいいから、好きなことに、好きなだけ時間をかけられるのも、贅沢だ。
なんにも、他のことは気にかけずに、好きなだけ読書するというのも、贅沢な時間。


贅沢に育った人は、慎ましやかに暮ら王穎す生活に不満を抱く。
贅沢に慣れきっている人は、贅沢が出来ないと、苦痛である。

お金では換えられない贅沢が、わたしの理想の贅沢だ。
こころの自由、時間の自由、こんな贅沢なものはない。
ただし、自由にできるお金がまったくないとすると、
その状態で無からやりたいことを考え出すのは、やる気の問題がある。
活動費ゼロで、やる気が起こるかどうか?
手作りしにても、少なくとも材料費の実費ぐらいは、必要である。
レッスン料や、交通費も。
話がだんだん、現実味を帯びてきた。

ちなみに、
わたしがやりたいことは、自分では全部できないので、人の力を借りることになる。
マンパワー費用は、けっこう高くつく。
ざっと計算して、そんなに高くつくなら、人を雇わず自分でしよう、となり、
自分でするには、カラダや時間が足りない、となり、
次第に、縮小、やがては、とになりかねない。

やはり、贅沢とは・・・
資金を稼ぎ出す能力に伴うべきである、と考える。
どんちゃん騒ぎをするにしても、家業や仕事の面でもピーク、体力も気力もピーク、
贅沢をするにも、エネルギーがいるということだ。


「こころの贅沢」という別カテゴリーを自分で確立して、
悦に入るのが、自分仕様・贅沢で、
比較的イージーに手に入れやすい幸せである。


  

Posted by ラビリンス at 15:53Comments(0)

2015年08月04日

ていないのですが

私はとても悲しかった彼の答えます:「あなたはどうなると言いますか。あなたは知っているか、あなたに会ってうれしい」と彼の眼で眺めていた僕の顔を見て、それか香港景點ら暗くなってあなたが幸せで、彼は能力を持っており、こんにちは!あなたを同年の選択は正しかった」と話した。私は彼のに褒められて、急いでといった急場しのぎをひきとって。「ところで、何で送から配送から来て、あなたはひとつのとても良い仕事なの?」直後には知っていて间违いになっていたが、すでに遅かった。彼に火が付いた煙草に火をつけ、それから視線を見上げ、遠方へ私がみられ、同年のおかげで、「あなたを選択し、私はそうでなければ、苦労しなくても、あなたのこと、私が職場を失ったました。」

私は急いでは「が職場を失ったのも何もなかったので、目が職場を失ったことは必ずしも悪いことかもしれません。お前は一度のもっと良い選択の機会じゃありませんか」彼はすこし笑って、「ええ、あたしもそう思って、ほんのわずかさあ,他ない。そうでなければ、先にこのように乾いて、家のあの深刻な不展の妻とが世間知らずの子供を、私はできない」と話している。しゃべって、彼の手はさする著ハンドル雪纖瘦部分だ。私见彼の話をしたことを受けて、彼を慰めたらいいのか、どうかおぼえて最后に私は「あなたが、いろいろは私の心の中にあなたは永远にあの强靱楽観的で、负けず嫌いな男には、感情」が早いか、彼はすぐひとつが担ぐの姿勢から、やわらかな「過去の过去か、あれはあなたは私はすべて重要ではありません、と彼は興奮のためにはシドロモドロでし。私は彼の目で見た彼の苦労と相変らず生活に対する執着がある。

彼は歩いて、私を見送っていた彼の背中が遠ざかっていくのを少しずつ橘红空をかけるようにあたりが暗暗に代わって、ええ、もう遅いから、この家に帰ってきた。家では、私の雪纖瘦夫と子どもが待っている。過去のたって、私达はすべてこの、目标の前の美しいで行きます。知り合いにはずっと尾行を追撃し、天下にそっぽを向いていた。その時、彼に向かって走っていですが、私は笑っています:「あなたはこんなにも簡単にのほうへ立ち去ったらしいんですけど、知ってるんですか」私は淡々と笑って、「はい、認識を共有していると昔に認識だ」と述べた。

この偶然出会った黄昏、美しくて、感伤的になって、いくつかの情感絡み、心の中はまたを添えた1階の神秘的な色彩、一部では対の時間にまちがうの人がいて、少しは间违いの時間にまちがうの人は、もしかしたらこの人生は、时间の荒野にすぐの逃せとか、どんな様の结末にしても、平気だと口をそろえる。とんでもない又ものだが、私たちは、その先に、顽张って…



  

Posted by ラビリンス at 17:02Comments(0)